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2016.09.20
月刊「美楽」2016年10月号 発刊しました
フジコ・ヘミング(出身地:ベルリン)
17年前に、『フジコ〜あるピアニストの軌跡〜』がNHKのドキュメント番組で放送され、その後、クラシック界では珍しく百万枚以上のCDを売り上げ、人気アーティストになった。
もともと、ロシア系スウェーデン人の父親から芸術の才能を受け継いでいるのだろうが、母親がピアニストだった影響と、長らく無国籍であったその根本的な生命のエネルギーが鍵盤に乗り移っているように思う。
ヨーロッパに留学し、聴力を失いながらもコンサート活動を続けたが帰国。やはり母の国の日本での活躍が、彼女にとっても誇りなのではあるまいか。
2016.09.06
日刊アマゴルフ2016 Presented by パイプドHD広告 制作しました
日刊アマゴルフ2016 Presented by パイプドHD広告 をプロデュースしています。
2016.09.01
株式会社札幌大成 広告制作しました
月刊「美楽」スポンサーの株式会社札幌大成 広告制作しました。
2016.08.25
「MK MESSAGE KEEPER」 9月号発刊しました
「MK MESSAGE KEEPER」 9月号発刊しました。
2016.08.22
月刊「美楽」2016年9月号 発刊しました
立花 隆(出身地:長崎県長崎市)
「知の巨人」のニックネームを持つ立花隆先生は、学生時代に、私が以前勤めていた会社でアルバイトをしていたと聞いてから、尊敬するだけでなく、どこか親近感を覚えている。
昨年亡くなった日刊ゲンダイの川鍋社長とも縁があり、当然ながら戦後の日本が生んだ最強のジャーナリストであり、文筆家でもある。「田中角栄研究」、「日本共産党の研究」をはじめ、一貫してその著作には人間の生と死が底辺に流れている。
最近テレビで拝見したが、以前にもまして、優しい目になっておられるように感じた。
2016.08.22
神宮花火大会2016
台風の来襲が9.10.11号とまとめて3本。
そういえば、以前も似たような記憶がある。
国立競技場で、梅雨の間とは知りながら、「三大テノール」をプロデュースしたことがあり、その時は、約7万人近いお客様に1枚、7万円というチケットを買っていただいたこともあり、梅雨の雲の動きに体の全神経を持っていかれた。
今年の花火大会も数日前から、気象予報図とオフィスのベランダから見る雲の動きばかりを追っていた。当日の朝、目覚めると、予想を上まわる土砂降り。
しかしながら、日本近郊の太平洋の海水の温度が上がっているため、雲が大きな煎餅のように塊、お陰で、時速25キロと自転車並に早い。
午前11時に、日刊スポーツのスタッフに電話をし、花火大会の決行をお願いした。数十万人の都民の期待をのせて、やがて青空は曇り空に変わり、それでも後ろ髪を引かれるように、通り雨が何度も何度も花火を見る観客席を濡らした。
花火の前に幾つかのコンサートが開催され、アーティストは、びしょ濡れになり、楽屋に駆け込む。スタンドのお客様も雨をしのぐために、席を離れて花火が打ち上がるのを待っていた。19時過ぎに、一度花火が上がると、神宮の空は美しい絨毯のようになった。上空を覆っていた雲も、その模様の中に吸い込まれていった。
2016.08.06
築地祭り( 築地本願寺 )
築地市場の移転が近い。この話が、利権や策謀と権力の横暴が匂い、様々に無理と無駄の象徴の様に思えるのは、これまたキチンとした情報開示つまり、決定までのプロセスが、曖昧で、納得できる説明が行われていないからだ。友人のすしざんまいの木村さんも、この移転のモヤモヤの中で、不愉快な思いをした。
都知事が小池さんに交代し、この築地あたりの問題にもメスを入れて欲しいと思う。
8時を過ぎても32度もある熱帯夜。幾万人の人が築地祭りに、押し寄せた。
鮎のしお焼きを、見ているうちに、東京都民が、串焼きにされて、大きな時代の流れに焦げ付いて炙られて、もがいている様に思えてきた。
2016.07.25
「MK MESSAGE KEEPER」 8月号発刊しました
「MK MESSAGE KEEPER」 8月号発刊しました。
2016.07.20
愛車人8・9月号発刊しました
カーコンビニ倶楽部が発刊する月刊「愛車人」8・9月号が
発刊しました。
全国のカーコンビニ倶楽部等でお手に取ることが出来ます。
車のメンテナンスや個人間売買の実例など
読み応えのある一冊となっています。
是非お楽しみください。
2016.07.20
月刊「美楽」2016年8月号 発刊しました
日野原重明(出身地:山口県山口市)
日野原重明先生は、来年で106歳になる。
高齢社会の日本にとって、聖路加国際病院名誉院長というよりは、元気でバリバリやる人間のお手本である。
睡眠時間は平均4時間半という生活であったが、96歳から徹夜をやめて、睡眠を5時間に増やしたそうだ。
以前、友人の食事の席に同席することがあったが、やはりたっぷりな野菜とお肉を召し上がっていた。その時に感じたのは、長生きするためにはとにかく多忙であることが条件なのだと思った。
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