DIARY:夕焼け少年漂流記

 

2002.10.17

10月17日(木)秋の深まる芝公園のあたりに、めずらしく海の匂いがしている。東風に乗って時折銀杏のはじける音が聞こえてくる。朝の散歩の途中、自転車につけた買い物籠一杯に銀杏の実を拾った中年の紳士を見ていた。

 不況が徐々に庶民の生活を打撃し始めている。99円から始まった在庫処分の店はついに一律66円ショップの誕生を促し、一方人事院の給料が昨年比マイナス、これは戦後始めて「公務員の給料が下がった」というわけだ。マクロ経済というより悪路経済。株価はついに8100円台。


 メディアでは評論家が様々な不況の打開策を好き勝手に論じているが、大衆に影響力の或る鋭い意見は少ないし、個人業の限界を感じる人が殆どだ。彼らは、政治的にではなく、もっと固まり、多様化し、メディアを一貫的に駆使して、その声を高く解かり易くし、社会を先導してほしいものだ。ひょっとすると評論家自身が何処かに諦めを感じているのではなかろうか。或は学生時代に体験した組織的な運動で社会的なムーブメントを作り出すことに嫌気をさしているのだろうか?どうも小銭稼ぎの学者ばかりに思えてならない。
 

 勝手な想像だが、今朝、銀杏を集めていた紳士も、つい最近まで勤務してきた会社を解雇されたのではなかろうか?冬の気配の中で、規律美しく櫛をいれ整髪された白髪が風が吹くたびに少し解れた。


 スケジュールが密集し、しかも朝まで橘君と深酒したせいで体がだるい。MKタクシーを借り切って、青山のキョードー東京でポール・マッカートニーのチケットを購入、ホテル・ニュー大谷で久しぶりに松島君と30分お茶をした。その後、芝公園のサンクスで高田常務に面談。帝国ホテルに向かった。タワー新館を借りているY氏は、窓際に立って西銀座と皇居が対照的に開けた夕闇の東京を見ていた。この後のパーティ用に着用した上着をクロークにしまい、

「東君、帝国の部屋の方が東プリよりいいだろう」満足気にそう言うと冷蔵庫の野菜ジュースを一気に飲み干した。

「駐車場の便利さはぜんぜん東プリのほうが上ですよ」僕は、贔屓にしているせいか剥きになって反論した。 


 Y氏とともに「七面草」で簡単な食事をしながら、窓の向こうの銀座8丁目を眺めている。クラブの女性の香水と、仕事帰りのサラリーマンの汗が妙なコントラストを作り、交差点では運転手付きのベンツやジャガーと会社へ向かう商用車が混乱の渋滞をつくり、僕は、スッポンのお粥を掬っている。富めるものと富まないもの。消費せざる得ない人と、浪費する人。この交差点はそんな落差の激しい時代の様子を垣間見る縮図でもある。


 安藤君と作っている新曲のタイトルが決まった。「質問」(クエッション)という漢字二文字。出会いを繰り返す男と女に、不意に訪れる「疑問」。恋なのか愛なのか、リスクなのかゲームなのか、こんな現状の迷いを徒然に書き下ろしてみた。


 昔読んだマルクスの中に、下部構造(経済)は上部構造(政治、芸術、文化、等)を規定するという説があった。恋愛は社会の上部構造に位置する典型的なイベントである。とするとこんな不況の時代は、男と女の関係もどんどん神経質なものを要求するようになってくるのではなかろうか。