DIARY:夕焼け少年漂流記

 

2002.09.24

9月24日(火)連休明け。心地よい綿雲が、ふらりふらりと秋の空を泳いでいる。日差しがやさしいせいか、街を行く人の気持ちも何処か丸く感じられる。

 車のクラクションがいつもより少ないのはきっと秋風が清清しいからだ。日比谷通りの百日紅が無邪気に花を咲かせている、まるで通学途中の女子高生がお喋りをしているように。


 昼の12時過ぎに窓辺で、深呼吸をしていると、過ぎた筈の夏の装いをした30過ぎの女性が目に留まった。青い幅広のつばの帽子を深く被って、まだ水の張ってある青いプールの横の通路を足早に玄関に向かっている。50メートルは離れているのに、首のあたりに日焼けした水着の線が細くはっきり見える。秋なのに不思議と夏の太陽を浴びているこの女性を、ボォーと見つめている。


 見えるはずのないものが見える。聞こえないはずの声が聞こえる。これは、思い込みだろうか、それともいよいよ白昼夢でも見ているのだろうか?


 数字がらみの仕事と空想的な作詞作業が、右脳の中で混じり始め軽い分裂を起こし始めているのだろうか?それとも処理しなければならないことが多すぎるのか?今週も視点の定まらない週になりそうだ。
 

 車で御茶ノ水に向かう。ハナツクバネの赤褐色の花びらが皇居沿いの外堀通りを行列のように咲き乱れている。春から秋にかけて花つきも良く、白く長く無限無数に咲いているせいか、誰も此花に目をとめる人は居ない。いつの日もそよぐ風に名前がないように、ハナツクバネも日常的になりすぎて自己主張が下手な植物なのだ。
 人間と同じで、あまりたくさんの才能を持ち合わせたり、財に恵まれすぎたりすると返って結実するのが難しいことになる。此花は、別名ハナゾノツクバネ(花園)ともいわれ、ほとんどの人が別名の通り、たくさんの白い花を目にしているが、悲しいことに、誰にも名は知られていないようだ。
この切ない、忍耐強い”秘密の花園”の季節が終わりに近ずくと、待っていたように冷たい冬が東京に訪れる。